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出さない手紙についての考察。その3 ...2004/12/17(Fri) No.185 |
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それから何日かして、正確には5日経って私は生まれて初めての事をした。「能」を観に行ったのであった。前にお客さんから頂いていた招待券は二枚あり、夫はその日所用でおらず、久しぶりに旧友を暖めようと、いうのでもないが近頃ゆっくり過ごしてなかった友人の み江さんを誘ってみた。多忙そうな彼女もその日はポッカリ予定が開いていたようで、会場で直接待ち合わせの約束をした。学生の頃に大阪の新世界に足繁く通って大衆演劇を観た経験から、ついつい花道(能舞台でもそう呼ぶのかは不明)の真横に席を陣取ってしまった。その席は花道を照らす為の照明で眩しいくらいで、居眠りが出来ない状況。私もみ江さんも自信がない。そわそわと周りを見回している内になんのきっかけもないまま、いきなり開演。映画みたいに客席が暗くなることもなければ幕が開くわけでもなく。演目は「鉢木」というお話。或る雪の降る寒い日に旅の僧が貧しい武士の家に一夜の宿を求める。家の主は何一つ持てなすことが出来ないからと、一度はその申し出を断るのだが外は大雪、妻に説得されて僧を呼び戻し、丹精込めて育てていた盆栽を薪にし粟粥を炊いてねぎらう、、、とまあ、そんな話である。覚悟はしていたけれど、ウトウト。隣でみ江さんも船を漕ぐ。最前列のおじいさんも何度かバタンっと解説本を落とす。でも中盤から急に面白くなってきたのだ、大鼓と小鼓と笛の織りなす単調な中にも段々盛り上がるリズムの繰り返しで、私はなんだか突然ひょうきんなポーズでふざけてみたいような陽気な気分になっていた。 その昔能は体の悪い年寄りなどを連れて行き癒す為にあったというのを聞いたことがある。嘘かもしれないけど、本当かもしれないと思った。その後の狂言は何も説明されなくても全部解ったから客席は笑い声で満たされていた。 観劇後、細見美術館の中にあるカフェで食事をしながらしばしおしゃべりを・・
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